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最高裁判所第三小法廷 昭和25年(れ)413号 判決 1952年8月05日

主文

被告人稲垣小太郎の本件上告はこれを棄却する。

原判決のうち被告若鶴酒造株式会社、同花島良平に関する部分(但し被告若鶴酒造株式会社について無罪の部分を除く)を破棄する。

被告若鶴酒造株式会社を罰金五〇万円に処し、被告人花島良平を罰金二万円に処する。

被告人花島良平において右罰金を完納することができないときは、金五〇〇円を一日に換算した期間同被告人を労役場に留置する。

訴訟費用のうち原審において証人中辻勇に支給した分は被告若鶴酒造株式会社、同花島良平及び被告人稲垣小太郎の連帯負担とする。

被告若鶴酒造株式会社において使用人稲垣僊二の違反行為により責を負うべき物価統制令違反の点は無罪。

理由

弁護人小室薫の上告趣意第一点について。

検察官が起訴後において裁判所の決定を俟つことなく、所論の処置に出でたことは不穏当の譏を免れないのであるが、論旨主張のごとく右の現金に帯封が施されていたか、また帯封に日附印が押捺されていたかどうかについての検証が本件犯罪事実についての唯一の証拠方法というわけではなく、原審は被告人稲垣小太郎等の供述及び証人月共米次郎、同中辻勇等の供述により問題の金円の預金される前の状態を考慮に入れて事実を認定したと思われるのであって、論旨は帰するところ、原審の採用した証拠の価値判断を非難して事実の誤認を主張するのにほかならない。なお、論旨は、原判決は憲法の人権保護の大原則を無視したというが、かかる漠然たる主張は上告の理由たり得ない。

同第二点について。

原審公判調書の指摘の個所に当ってみても、所論のごとき不一致を認めえないから論旨は採用することができない。

同第三点について。

昭和二四年一〇月二四日の原審第四回公判調書(一二九三丁)には「裁判長は先に為したる検証調書、各証人訊問調書の要旨を告げその都度被告人等の意見弁解の有無を問うたところ、各被告人はありませんと述べた」とあって、所論の書類は適法の証拠調を経ていること明白であるから論旨は理由がない。

同第四点について。

論旨は理由がある。被告若鶴酒造株式会社は、同会社取締役社長被告人稲垣小太郎が会社の業務に関してなした物価統制令違反行為に連座するほか、同会社常務取締役の原審相被告人稲垣僊二が会社の業務に関してなした(一)物価統制令違反(二)臨時物資需給調整法違反の両行為についても連座すべきものとして起訴されたのであるところ、原判決は被告人稲垣僊二に対し右公訴事実につきいずれも犯罪の証明がないとして無罪の言渡をしたのであるから、被告会社に対しても右両行為につき無罪の言渡をしなければならなかったのである。蓋し物価統制令第四〇条によって法人の代表者、従業員等が同条に定められた違反行為をなした結果、法人が処罰せらるる場合には、代表者、従業員等と同一罪責のもとに処罰せられるものである以上、代表者、従業員等が無罪であれば、法人も責を負わないことは理の当然である。

しかるに原判決は理由において「右(二)の事実にもとずく被告若鶴酒造株式会社の臨時物資需給調整法違反の公訴事実について犯罪の証明がなく」と説示して主文に「被告若鶴酒造株式会社の臨時物資需給調整法違反の点は無罪」と言渡したけれども(一)物価統制令違反関係については、その言渡を欠いているのである。即ち判決理由においては、被告若鶴酒造株式会社の(一)物価統制令違反行為が無罪であることを説示しながら、主文において無罪の言渡をしなかった違法があり、破棄を免れない。

同第五点について。

論旨も理由がある。被告人花島良平について原判決は「前記物価統制令違反の所為を容易ならしめ之を幇助したもの」と判示して物価統制令違反幇助の事実を認定しながら、その擬律の部において正犯に関する規定を適用したのみであって、刑法第六三条、第六八条第四号の従犯に関する減軽の規定を適用しなかったのであるから原判決には理由齟齬乃至不備の違法があり、破棄を免れない。

同第六点について。

論旨もまた理由がある。所論のごとく原判決は被告人稲垣小太郎の判示第二の(一)(二)の物価統制令違反行為は犯意継続に出でたものと認めて、昭和二二年法律第一二四号附則第四項による改正前の刑法第五五条を適用し一罪として処断しながらこれと連座する被告若鶴酒造株式会社に対しては右の所為が併合罪の関係に立つものとして罰金刑を併科処断したのである。しかし物価統制令第四〇条によって法人がその代表者の行為について責に任ずる場合に代表者の行為が連続一罪の関係にある以上、法人もまた連続一罪として処断をうくべきものであることは大審院判例に徴するも明らかといわねばならないから(昭和一六年(れ)第一五八五号、同年一二月一八日大審院判決。昭和一七年(れ)第七五九号、同年七月二四日大審院判決参照)、原判決が、右のごとく被告人稲垣小太郎の判示第二の(一)(二)の行為を連続一罪の関係にあるものと認めたにかかわらず、これにつき物価統制令第四〇条により被告若鶴酒造株式会社を問擬するに際し併合罪として処断したのは擬律錯誤の違法あるものというべく、この点においても論旨は理由がある。

よって被告人稲垣小太郎の本件上告は理由がないので刑訴施行法第二条、旧刑訴第四四六条によって上告を棄却すべく、被告若鶴酒造株式会社、同花島良平の本件上告はいずれも理由があるので旧刑訴第四四七条、第四四八条に則り原判決のうち両被告人に関する部分を破棄した上、次のとおり判決する。

原判決の確定した事実に法令を適用すれば、被告若鶴酒造株式会社に対しては物価統制令第四〇条の適用により代表者たる被告人稲垣小太郎の処罰法条と同一の適用をすべきところ、同被告人の原判示第二の(一)(二)の各所為は物価統制令第三三条、第三条、第四条、昭和二一年五月一三日大蔵省告示第三四一号に該当し、右は犯意継続にかかるので昭和二二年法律第一二四号附則第四項による改正前の刑法第五五条により物価統制令第三条違反の一罪として処断すべく(罰金額については本件犯行後昭和二三年法律第二五一号によって変更があったので刑法第六条、第一〇条を適用して軽い行為当時のものによる)、所定の罰金額の範囲内で被告若鶴酒造株式会社を罰金五〇万円に処する。

被告人花島良平の原判示第三の(一)(二)の各所為は物価統制令第三三条、第三条、第四条、昭和二一年五月一三日大蔵省告示第三四一号、刑法第六二条第一項に該当するところ、右は犯意継続にかかるので昭和二二年法律第一二四号附則第四項による改正前の刑法第五五条により物価統制令第三条違反の一罪として処断すべく、所定刑中罰金刑を選択し、(罰金額については本件犯行後昭和二三年法律第二五一号によって変更があったので刑法第六条、第一〇条を適用して軽い行為当時のものによる)、なお従犯であるから刑法第六三条、第六八条第四号により法定の減軽をした上、所定の罰金額範囲内において被告人花島良平を罰金二万円に処し、同被告人において右罰金を完納することができないときは刑法第一八条に従い金五〇〇円を一日に換算した期間、同被告人を労役場に留置する。

なお、主文第五項掲記の訴訟費用は刑訴施行法第二条、旧刑訴第二三七条第一項、第二三八条に則り同項記載のごとく負担させるべく、被告若鶴酒造株式会社において使用人稲垣僊二の違反行為により責を負うべき物価統制令違反の点は、前叙のごとく犯罪の証明がないから、旧刑訴第四五五条、第三六二条を適用して無罪の言渡をする。

よって裁判官全員一致の意見で主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 長谷川太一郎 裁判官 井上 登 裁判官 島 保 裁判官 河村又介 裁判官 穂積重遠)

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